雨の話し
今夏は雨の話題が多い年でした。
新潟県では、猛暑の中一ヶ月も降雨の無い日が続き、一方西日本では広範囲で集中豪雨による大きな災害がありました。
溢水に泣き渇水に泣いた夏。
異常気象は、どんなに科学技術が発達し、対策をしようとも、人は自然をコントロールなどできないのだと、今さらのように思いを強くした方も多いのではないでしょうか。
春夏秋冬の雨
日本には四季折々に特徴的に降る雨があり、それらを表す繊細な言葉があります。
俳句の歳時記の、多彩な雨の季語が示す感性は、とても豊かですね。
春雨は静かにしとしとと降ります。
長岡の農家では、春の長雨を「春腐れ」と言うそうですが、草木を潤す雨も、降り続いては農作業に障るということかもしれません。
梅雨を過ぎると、夏には断続して急に激しく降る雨が特徴の夕立、通り雨、雷雨があります。
一天にわかに掻き曇り、黒雲を引き裂くかのような閃光と共にとどろく雷鳴と激しい驟雨は恐ろしく、昔の子供は蚊帳に入りヘソを守ったものでした。
秋は晴れの日が多い反面、秋雨や秋霖(しゅうりん)と呼ばれる長雨になりやすく、台風の接近と重なると大雨を降らして実りの秋を台無しにする風水害を起こすことにもなります。
晩秋から初冬にかけての氷雨(ひさめ)から始まり、厳冬には聞くからに冷たそうな寒雨、凍雨と続きます。
雪国の冬の雨は、暖冬の証であり、積雪を溶かす恵みの雨でもありますね。
治水が国を造った?
黄河文明は黄河の氾濫で始まり、「水を治める者は国を治める」とは、2700年前、中国の春秋時代に黄河の下流にあった斉の国の政治家の言葉だそうです。
下って日本でも、武田氏の信玄堤の築堤など、名君は治水を国造りの基本にしました。
新潟県では大河津分水の完成まで、毎年のように春先は雪解け水で信濃川が氾濫し、蒲原平野を水浸しにしたと言われており、蒲原平野の端の長岡も度々被害があったようです。
平成16年の新潟・福島豪雨(7.13水害)では、干拓し美田になったはずの「八町沖」が姿を現し、話題になりました。
災害から身を守る
毎年のような異常気象。
従来と比較できないほどの豪雨被害が繰り返し発生しています。
今回の西日本豪雨では、大雨特別警報の最大級の警戒を呼びかける「今まで経験したことのないような雨量」という表現がありました。
ずいぶん切迫した言い方に思えますが、それでも被災地の住民には危険度がうまく伝わらず、多数の犠牲者が出たと言われています。
水害の少ない地域に住む私達ですが、安全を過信せず、我が身は我が身で守る意識が必要なのかもしれませんね。
この記事は当社瓦版 ほっとぽっと2018年8・9月号No.139 に収録した内容です。